【OTOTEN2026 共同出展 対談企画】Vol.02 前園力様 (株式会社 前園サウンドラボ) 後編 公開
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OTOTENを6月に控え、今年もサエクコマース・光城精工・前園サウンドラボ・由紀精密の4社合同で出展をします。この4社合同という形式も今年で4年目。4社が仲良しなことも段々とお馴染みになってきているようです。
そこで、そんな4社の輪郭がこれまでより少しはっきりと見えてくるような読み物をお届けします。
OTOTENや試聴会ではあまり語られることのなかったパーソナルな部分や4社が集まった経緯、関係性、それぞれの設計思想。
OTOTENの前に読むと、当日の景色がこれまでとは少し違って見え、
OTOTENの後に読むと、「なるほど、こんな背景があったのか」と答え合せができるかもしれません。
第二回目は前園サウンドラボの前園社長と由紀精密の永松に加え、2社の最初の接点となった由紀精密の塚原も交えた回となっています。場所は前園サウンドラボの試聴室。前後編で語ります。
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そこで、そんな4社の輪郭がこれまでより少しはっきりと見えてくるような読み物をお届けします。
OTOTENや試聴会ではあまり語られることのなかったパーソナルな部分や4社が集まった経緯、関係性、それぞれの設計思想。
OTOTENの前に読むと、当日の景色がこれまでとは少し違って見え、
OTOTENの後に読むと、「なるほど、こんな背景があったのか」と答え合せができるかもしれません。
第二回目は前園サウンドラボの前園社長と由紀精密の永松に加え、2社の最初の接点となった由紀精密の塚原も交えた回となっています。場所は前園サウンドラボの試聴室。前後編で語ります。
株式会社前園サウンドラボ 代表取締役社長 前園力 (WEB)
株式会社由紀精密 取締役社長 永松純
株式会社由紀精密 塚原太郎
インタビュアー:株式会社由紀精密 佐竹大祐
佐竹:2つ目の質問です。4社合同の歴史については前回の対談で北澤さんに伺いましたが、北澤さんや土岐さんから「一緒にやろうよ」って誘われた時、前園さんはどう思ったんですか?
前園:何も抵抗はなかったですね。北澤さんとは以前から面識がありましたし。この業界に入った時にオーディオ評論家の福田先生からご紹介頂いたんですが、その時からすごくフレンドリーに接していただいてて。
佐竹:SAECさんとは同じジャンルの製品も扱うライバル企業とも言えますよね。それでも、一緒にイベントをやることに抵抗はなかったんですね。
前園:それは北澤さんが抵抗をなくしてくれた感じはありますね。北澤さんは本当に良い方で、確かに同じジャンルの製品はありますけど、すごく面倒見が良いと言うか、もちろん業界の先輩でもあるし「なんでも相談してください」みたいな感じで接してくださるんですよね。
で、土岐さんも別のイベントで初めてご一緒させていただいた時に「面白い人だな」と思ってたんです。それである時、土岐さんから「北澤さんって知ってる?今度、北澤さんと一緒にイベントやるんだけど、前園さんもどう?」って言っていただいたのがきっかけで前園サウンドラボもコラボに参加させてもらうようになりました。
佐竹:例えばケーブルなどの同ジャンルの製品については、イベントの時にSAECさんとの住み分けなどを考えられていたりするんですか?
前園:いや、そういうことはあまり考えていないですね。むしろ最初の頃は結構ガチンコでやってたんじゃなかったかな。お客さんにSAECさんのケーブルで聴いてもらった後に「では、今度はZonotoneで聴いてみましょう」なんて言いながらケーブルを差し替えて聴き比べてもらったりとか。
佐竹:今はそういうことはやらないですね。
前園:そうですね。メーカーごとにデモの時間が分かれてますからね。それと、SAECさんの製品とうちの製品では方向性が違うということもあります。
永松:そうですね。圧倒的に個性が違いますね。
前園:個性が違うからやりやすい、ということもありますね。でも、この間、北澤さんと話している時に「結構、目指している音の方向性は同じかもしれない」って話になりました。(笑)
SAECさんはどちらかと言うと本当に澄んだ音で伸びやかで、落ち着いて聴くことができる。清楚な感じと言うか。
うちはその真逆でドッカーン!じゃないですか。(笑)でも、ドッカーン!であっても、空間的な鳴り方をするドッカーン!にしたいんですよ。その二つは両極端なんですけどね。空間的な鳴り方、つまり広がりとか奥行を目指すと、どうしても薄い音になっていく、音が散らばっていっちゃう感じがあるんです。その音の散らばりを最小限に抑えて、力強く広がる音にしたいんですよ。
そんなことを北澤さんに話したら、「自分もそういう音を目指してるよ」みたいなことをおっしゃってて。(笑)
佐竹:究極的には目指している方向性は一緒だけどアプローチが違う、みたいなことですか?
前園:北澤さんも「やっぱり力強い音を出したい」って言ってましたし、そうですね。そこは確かにアプローチが違うだけかもしれないですよね。
佐竹:話は変わりますが、前園さんがAP-0やAP-01の音を初めて聴いたのは、由紀精密がOTOTENに加わってからですか?
永松:そうですよね。初めて会ったのもOTOTENでしたっけ?
前園:いや、永松さんは…まだうちの試聴室が沼袋にあった頃に来ていただいたのが最初だったと思いますよ。
塚原:本当の意味での最初ってことで言うと、展示会で私が前園さんからお声がけをいただいたんです。オーディオ関係ではなくて、ものづくりや伝統工芸の展示会でした。
前園:そうですね!あれ、結構前ですよね。確か2020年だったかな。その展示会で由紀精密さんのブースを見つけて、塚原さんに「金属加工されてるんですね。自分はオーディオケーブルの会社の者なんです」って話しかけたら、「うちもオーディオやってるんですよ」っておっしゃられて、「えっ!?」って驚いたんですよ。申し訳ないことに、当時、自分はまだ由紀精密さんのことを存じ上げなくて。でも、既にanalog誌には掲載されていたんですよね。その節はすみません。
永松:いえいえ。我々もオーディオ業界に入って本当にすぐの頃でしたから。
前園:それで、その後も塚原さんと色々とやり取りをさせていただく中で、「ぜひ来てください」と当時の沼袋の試聴室にお誘いしたら、永松さんも来てくださったんですよね。
佐竹:そうだったんですね。その後、2022年からうちもOTOTENに一緒に出させて頂くことになると。
前園:そうそう、2022年が初めでしたよね。ちょうどこの試聴室を作ろうと決めたのと同じ年でした。その年のOTOTENで「もう1社お呼びしたい」って北澤さんと土岐さんと話してたんです。「どこの会社さんに出てもらおうか!?」って。それで北澤さんに「由紀精密さんはどうですか?」って提案したんじゃなかったかな。
佐竹:と言うことは、その時点ではまだAP-01の音は聴いていらっしゃらなかったにも関わらずご提案いただいたと…
前園:そうですね、まだ聴いてなかったです。
佐竹:いやー、よくぞそこでご提案いただいたというか…
永松:AP-01がひどい音だったら大変なことになってた。(笑)
前園:確かその年のOTOTENの直前、ミュンヘンのHigh Endでも由紀精密さんはうちのケーブルを使っていただいたんですよね?フォノケーブルでしたっけ?
永松:そうです。お貸りしました。初めてのHigh Endへの参加だったんですけど、あの青いケーブルはミュンヘンでも目立つので、お客さんが次々にケーブルを覗き込んでたのをよく覚えてます。
前園:そういうご縁もあって、「OTOTENも是非ご一緒にどうかな?」って思ったんだと思います。
佐竹:永松さんがZonotone製品の個性を表現するとしたらどんな感じになるんですか?
永松:自分から見ると、もう圧倒的な個性がありますよね、やっぱり。全てのオーディオ機器をアクセサリーで覆す可能性があるのはZonotone。(笑)音をある1つの方向性に引っ張る、引き寄せることができるようなすごい引力を持っていて、聴けば「Zonotoneだ!」って誰もがわかる。これは他のケーブルメーカーさんにはなかなかない特徴だと思います。
佐竹:そのあたりは前園さんとしても目指している所なんですか?
前園:そうですね。目指してると言うか、もうポリシーですよね。自分たちの中には無色透明っていう概念がないんですよ。結局、「無色透明ってなんだ!?」って議論になっちゃうんで。「素材にこだわってる」って言い方がありますけど、素材も1つ1つ脚色が違うんですよね。で、その素材同士をハイブリッドにすることで、それぞれの持ち味が出てくるんですが、配分量を変えるとそれぞれの個性がまた違う脚色で出て来る。そうなると結局、「無色透明ってどれ?どういう状態のこと?」っていう話になるんですよ。だから、Zonotoneが目指すところは、ケーブルはコンポーネントの一部であるという概念で、「Zonotoneらしい音を作ります」っていうことですかね。
いずれにしても、うちのケーブルは個性が強いって言われますけど、「確かにその通りだな」とは思います。
塚原:僕は自宅でZonotoneのケーブルを使ってるんですけど、もう、一聴してわかるんですよね。「これはもう戻れない」と。
永松:買った時に言ってましたよね。「すっごい変わりますよ」って。
永松:今日、ここの4350から出てきた音も凶暴な音でした。(笑)
前園:凶暴な音。(笑)
永松:噛みつかれそうな音だと感じたんですが、あれは多分、JBLや山水の音じゃないと思うんですよ。やっぱりZonotoneの音なんですよね。
前園:実はまさしくその通りで、この後ろにある4350を含んだシステムはリファレンス・システムだと思っていて、「これがZonotoneですよ」っていう音のベースとなるものなんです。後ろのシステムから出る音を参考にしながら、前にあるこの評価システムでケーブルなどの試作品や新製品の音出しをして追求しているんです。後ろのシステムと比べてどの程度Zonotoneらしさが出ているか評価するわけですね。この評価システムは決して最新鋭ではないですけど比較的新しいシステムで、そこから出る音と、後ろのシステムから出る音の間にどの程度の差分があるか、聴き比べて追い込んでいく感じですね。
佐竹:最後の質問です。前園サウンドラボは今年のOTOTENには何を出されるのでしょうか?
前園:今、新しいスピーカーケーブルを作ってるんです。去年まではエントリーグレードのケーブルを扱ってたんですけど、今回はミドルグレードのケーブルです。もう開発は終わって量産に入っているんですけど、最近の中東情勢もあってちょっとどうなるかわからなくなってきちゃいました。一応、そろそろ最初のロットが出来上がってくるはずなんですが…販売を始められるタイミングが読めないですね。
佐竹:それでも今年のOTOTENでご紹介はされるということですか?
前園:その予定です。あと、今年のOTOTENではもう1つ目論見があって、とある製品のプロトタイプを参考出品してみたいなって思ってるんですよ。
永松:え、なんですか!?
前園:それはまだ秘密です。(笑)。
永松:最後にお父様にまつわるお話でもう一つ伺いたいんですが、やっぱり伝説のイベントについてもよく語られますよね。試聴会で1曲もかけず、話通して終わるという。
前園:そうですね。(笑)
永松:最近、光城精工の土岐さんがそれをやったんですけど…
前園:え!?そうなんですか!?
永松:私はその時たまたま会場で見ていたんですが、1曲もかけませんでした。(笑)
でも、そのスタイルって元々はお父様がやられてたかと思うんですけど、お父様は常にそうされていたんですか?
前園:常に、とまではいかないですけど、とにかく話が長いんですよね。(笑)ただ、その話の内容が製品の専門的な話とかではなくて、レコードの歴史やカードリッジの蘊蓄なんかを面白おかしく話すんです。意図的に曲をかけないわけではなく、盛り上がっているうちに自然とそうなってしまったことが何度かあったということだと思います。それでお客さんも話に引き込まれて、終わってから「そういえば曲、聞いてないよね」と。
佐竹:本来は製品のプレゼンとか、ミッションがあったわけですよね?
前園:ミッションはあったはずですけど、多分、父にしてみるとそういうことではなく、さっきお話ししたような「いかにその会を楽しんでもらうか」ということだけでやってたんだと思うんですよね。「製品を買って欲しい」ということではなく。
佐竹:では、今年のOTOTENでは前園さんもぜひ、喋り倒しのスタイルを。(笑)
前園:いやいや。(笑)自分はそういうこと本当に苦手なんでいつも通りにやります。
今回は前園サウンドラボの前園社長にお話を伺いましたが、オーディオ業界の伝説のお一人、前園社長のお父様のお話も盛りだくさんでした。また、オーディオ業界とは別の場所で出会った前園サウンドラボと由紀精密が、今はオーディオ業界で共に歩んでいることにも不思議なご縁を感じます。
今後もこの4社、サエクコマース・光城精工・前園サウンドラボ・由紀精密での活動は続きます。今後とも、宜しくお願い致します。
次回は光城精工の土岐さんです!曲をかけずに喋り倒したという伝説の試聴会についても伺ってみたいと思います!お読みいただき、ありがとうございました。
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We will be exhibiting at HIGH END Vienna 2026.
Sound, materials, and form.
We bring our vision of the balance between beauty and functionality
to the stage of Vienna.
We look forward to welcoming you and sharing the experience with you on site.
Announcing Our Participation at HIGH END Vienna 2026 続きを読む »
HIGH END Vienna 2026 へ出展いたします。
音と、素材と、かたち。 私たちの考える美しさと機能のバランスを、 ウィーンの舞台でお届けします。
現地での体験を、ぜひ楽しみにお待ちください。
展示会名:HIGH END Vienna 2026
会期:2026年6月4日(木)〜6月7日(日)
会場:Austria Center Vienna(オーストリア・ウィーン)
部屋: Level 3, 3.89/3.90
オーストリア ウィーンで開催 HIGH END Vienna 2026に出展します 続きを読む »
OTOTENを6月に控え、今年もサエクコマース・光城精工・前園サウンドラボ・由紀精密の4社合同で出展をします。この4社合同という形式も今年で4年目。4社が仲良しなことも段々とお馴染みになってきているようです。
そこで、そんな4社の輪郭がこれまでより少しはっきりと見えてくるような読み物をお届けします。
OTOTENや試聴会ではあまり語られることのなかったパーソナルな部分や4社が集まった経緯、関係性、それぞれの設計思想。
OTOTENの前に読むと、当日の景色がこれまでとは少し違って見え、
OTOTENの後に読むと、「なるほど、こんな背景があったのか」と答え合せができるかもしれません。
第二回目は前園サウンドラボの前園社長と由紀精密の永松に加え、2社の最初の接点となった由紀精密の塚原も交えた回となっています。場所は前園サウンドラボの試聴室。前後編で語ります。
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OTOTENを6月に控え、今年もサエクコマース・光城精工・前園サウンドラボ・由紀精密の4社合同で出展をします。この4社合同という形式も今年で4年目。4社が仲良しなことも段々とお馴染みになってきているようです。
そこで、そんな4社の輪郭がこれまでより少しはっきりと見えてくるような読み物をお届けします。
OTOTENや試聴会ではあまり語られることのなかったパーソナルな部分や4社が集まった経緯、関係性、それぞれの設計思想。
OTOTENの前に読むと、当日の景色がこれまでとは少し違って見え、
OTOTENの後に読むと、「なるほど、こんな背景があったのか」と答え合せができるかもしれません。
第二回目は前園サウンドラボの前園社長と由紀精密の永松に加え、2社の最初の接点となった由紀精密の塚原も交えた回となっています。場所は前園サウンドラボの試聴室。前後編で語ります。
株式会社前園サウンドラボ 代表取締役社長 前園力 (WEB)
株式会社由紀精密 取締役社長 永松純
株式会社由紀精密 塚原太郎
インタビュアー:株式会社由紀精密 佐竹大祐
佐竹:では、最初のテーマです。前園さんは何故オーディオを好きになり、どういった経緯で現在の仕事に至ったか、お聞かせください。
前園:オーディオを好きになった理由ですか…その辺りはSAECの北澤さんと経緯が似ているかもしれませんね。私の父もオーディオ業界が長くて、最初に山水電気に、その後オルトフォンジャパンに移って、その二社だけでも45年間オーディオ業界にいたんですね。そんな父の背中を見て育ちましたし、幼少の頃からずっとオーディオのある環境だったんです。ちなみに、自宅にもこれと同じJBLの4350がありました。
永松:このサイズのスピーカーが個人宅にあるのも、なかなかすごいですよね。
前園:何故それが自宅にあったかと言うと、父が山水電気に勤めていた頃、新宿にショールームがあって、山水のアンプを繋いだ4350が展示されていたんですよ。そこで試聴会が開かれて、父がSL(汽車)の走行音のレコードをかけたんです。で、「耳が勝つか、スピーカーが勝つか」ってことでボリュームをどんどん上げていったそうなんですよ。そしたらスピーカーが壊れちゃったんです。(笑)それで会社から買い取って、修理して自宅に置くことになったらしいんです。私の物心がついた時にはもう家にありましたね。中学校の頃だったかな、友達が遊びに来た時に「なに、この冷蔵庫!?」って驚いてました。(笑)
塚原:壊しちゃったから買い取るしかなかった。(笑)そのくらいの理由じゃないとなかなか家に置けないサイズですよね。それにしてもこのサイズのスピーカー、よくご自宅に置けましたよね。
前園:父が家を建てた時にオーディオルームも造ったんで、そこに置いてました。そんな環境だったので、子供の頃から父と一緒にオーディオを聴いていました。
佐竹:ご自身で意識的に音楽を聴くようになったのはいつ頃ですか?
前園:中学生くらいから目覚めてきましたね。
佐竹:前園さんと言えばロック好きですが、やはりその頃からロックを聴いてましたか?
前園:その頃は日本のポップスですね。初めて買ったCDもアイドルでしたし。
佐竹:どなたのCDを?
前園:照れるなー。(笑)Babeって知ってます?女の子2人組で「Give me up」とかを日本語でカバーしてましたね。
佐竹:いま調べたらBabeのデビューが1987年となってますね。その頃ですか?
前園:そうです。私が中学二年くらいかな。テレビで見て「かわいいな!」ってCDを買っちゃうわけなんですが、実はまだ自分のCDプレーヤーは持ってなかったんですよ。そうすると聴く手立てがないじゃないですか。それで、父のCDプレーヤーでかけようとするんですけど、さっぱりわからないんですよ。当時の父のシステムもやっぱり山水のアンプと4350だったんですけど、マルチで繋いであったんですね。もちろん、アンプとプレーヤーとスピーカーがあれば音が鳴るってのはわかってたんですけど、あまりにも複雑すぎて。結局、色々といじったけどわからなくて、最終的にはヘッドホンを繋いで聴いてました。でも、アンプのスイッチとか色々と触っちゃったので父に気づかれちゃったんですよね。「お前触っただろ!」って怒られました。
佐竹:やっぱり触っちゃいけない物だったんですね。
前園:そこは暗黙の了解ですね。でも、後に母から聞いた話では、どうやらいじったことが嬉しかったみたいですけどね。
佐竹:「ついに興味持ったか!」と。
前園:そういうことなんでしょうね。それで、その頃からだんだんとオーディオにも興味を持ち始めるんですよ。それまではラジカセで聴いてたんですけど、初めてCDプレーヤーを買ったんです。SonyのCDプレーヤーだったんですけど、単品で買ったんですよ。CDコンポではなくプレーヤーだけ。当然、それだけじゃ音が出ないから、それもヘッドホンで聴いてたんです。そしたら父が「なんでCDプレーヤーだけ買ったんだ!?」とアンプとスピーカーを貸してくれて、それからは自分の部屋でもちゃんとスピーカーで聴けるようになったんです。
佐竹:その後はどんな音楽遍歴を辿るんですか?
前園:日本のポップスが好きでしたね。初めて買ったシングルCDはサザンオールスターズでした。あとは山下達郎とかも聴いてたんですが、ある時TVのCMでジェフ・ベックの曲が流れてたんです。それで衝撃を受けてロック、特にギターのインストが大好きになったんですよ。それからはジェフ・ベックのCDをたくさん集めるようになりました。
佐竹:そこが洋楽の入り口だったと。
前園:そうですね。ギターの音色が大好きで、ギターのインストばっかり聴いてたんですよね。ジェフ・ベック、スティーブ・ヴァイ、ジョー・サトリアーニとか…ずっとギタリストを追いかけてた。その後、そこからだんだんとフュージョンに行くんですよ。チック・コリアのエレクトリック・バンドだとか。あと、Shakatakとか。
佐竹:プログレには行かなかったんですか?
前園:プログレも好きでしたよ。ELP(Emerson, Lake & Palmer)はあまり聴かなかったんですけど、友達から教えてもらってCamelとかRUSHも聴いてました。
佐竹:ご自身でギターを演奏したりはされなかったんですか?
前園:ギターは大学生の頃にちょっとかじったこともありますけど、聴く専門でしたね。
佐竹:ちなみに、時代的にはもう完全にCDの時代ですよね?アナログは聴かなかったんですか?
前園:実は年の離れた姉がいるんですけど、私が中学1年生の時に結婚して出て行くまで、ミニコンポにレコードプレーヤーを繋げて一緒にレコードを聴いてました。
佐竹:話は少し戻りますが、先ほどお話に上がったお父様からお借りしたアンプ、これはやはり山水ですか?
前園:山水でした。AU-607。スピーカーは当時父が勤めていた関係で、オルトフォンジャパンが扱っていた製品でしたね。CANTONだったかな?
佐竹:そうするとやはり、オーディオ好きになった理由として、お父様の存在はとても大きかったんですね。
前園:そうですね。やっぱり父にアンプとスピーカーを貸してもらったというのは、今となってはすごく贅沢でありがたい話だったと思いますね。
佐竹:ちなみに、山水と言えば組子格子のスピーカーも有名ですが、やはり当時、ご自宅にも組子格子のスピーカーはありました?
前園:ありました!今も研究用で取ってあります。
永松:山水のスピーカーユニットはJBLでした?
前園:そうですね。山水のユニットを使ってる物もあるんですけど、JBLと提携をしてからはJBLのユニットを使うようになったんじゃないですかね。
佐竹:ギターのインストにハマった前園少年は、その後どういう経緯でオーディオ業界に入ることになるんですか?
前園:武蔵工業大学に通って、まずはそこからエンジニアになりました。日立の子会社に1997年に入社したんです。それで勤務地がひたちなか市になったので実家を出ました。
佐竹:そこでは何を作ってたんですか?
前園:VHSのビデオデッキです。父の背中を見て育ったので、本当は「オーディオの仕事をやりたいな」って思ってたんです。で、その会社の配属面接で「何をやりたいですか?」って聞かれた時に「オーディオをやりたいです」って答えたんですけど、当時の日立はもうオーディオはやってなかったんですよ(笑)日立には昔、Lo-Dっていうオーディオブランドがあったんですけど、私の入社よりだいぶ前にやめちゃってたんですね。それで、オーディオに近しい分野ってことで「ビデオはどうだ?」と勧められて、しばらくはビデオデッキを制御するためのソフトを設計してました。
佐竹:前園サウンドラボ(Zonotone)ができたのは10年後の2007年ですから、割と長く日立にいらっしゃったんですね。
前園:そうなんですよ。でも、所属は日立だったんですけど、結構あちこちに出向したりしましたね。半導体の会社では技術営業みたいな仕事をしてました。住まいもひたちなか市から横浜市に移ったり。
永松:私も半導体業界にいましたよ。ちょうど同じ時期に同じ業界に居たわけですね。
佐竹:そんなお二人が今はオーディオ業界で一緒にお仕事をしているというのも不思議なご縁ですね。
ちなみに、その頃のお住まいにはオーディオはあったんですか?
前園:はい。でも、寮に住んでたのであまり音が出せなかったんです。そう言えば、その寮にオーディオマニアの人がいて、長岡先生の自作スピーカーを持ってたんですよ。それを「余ってるんだけど使う?」なんて言われたこともありましたね。
佐竹:長岡先生の自作スピーカーは前回の北澤さんのお話にも出てきましたね。
その後、日立からZonotoneに転職されたのは何故なんですか?
前園:転職する数年前から「Zonotoneを作りたい」と父から聞いてはいたんです。でも、私にも自分の仕事がありましたし、「好きなことをやったらいいんじゃないの」くらいにしか思ってなかったんです。
そしたら、リーマンショックが起きたんです。2008年だからZonotoneが立ち上がった翌年ですね。それで出向していた半導体の会社も業績が下がってしまって、周りが早期退職を始めたんですよ。私は出向だったので、「そのうち元に戻されるだろうな」って思ってたんです。でも、戻されても、元の設計の現場からは5年ぐらい離れてたんで「戻っても追いつかないだろうな」ってちょっと自信がなくて悩んでたんです。
すると、しばらくした頃に父から「ちょっと実家に帰ってこい」と言われたんです。それで帰ってみたら、「本当は畳むつもりだったけど、Zonotoneも結構いい線行ってるし、よかったら継いでくれないか?」って言われたんです。
出向先から日立に戻ったとしても、またゼロからのスタートになるかもしれない。そこで苦労するか、父の仕事を手伝うか。畑は違うんですけど、どっちで苦労する方が良いかって考えた時に、「だったら、父の仕事を手伝って苦労する方が良いな」と。元々オーディオの仕事をやりたい気持ちもありましたしね。それで2010年に意を決して会社を辞めて、Zonotoneに入社しました。実際に私が代表になったのは5年後、2015年ですね。
塚原:2010年と言うと世の中はダウンロードや配信でデジタル真っ盛りの時代に入ってましたよね。その時代にアナログやケーブルの世界に行くのは不安じゃなかったですか?
前園:父はアナログ一辺倒の人だったんで、「アナログは絶対に廃れない」って言ってましたね。アナログには相当な自信を持ってたんじゃないかと思います。自分もそれを見ていて、「やっぱりアナログってすごくいいな」「絶対に無くしちゃいけない物だな」っていう気持ちもありましたね。
佐竹:お父様は前職を退職されてすぐにZonotoneを立ち上げられたんですか?
前園:いえ、父は退職した時にはもう余生を過ごすつもりになっていて、沼袋のマンションを親戚から買い取って、そこを第2のオーディオルームにしてレコードを聴くだけの生活を送るつもりだったんです。ちなみに、父は本当に4350が好きで、その沼袋の部屋にも4350を入れてました。今ここにある4350はそこから持ってきた物です。
佐竹:でも、余生を過ごすどころか、ご自身でZonotoneを立ち上げることになったと。
前園:そうです。父がある時に銀座のswing(ジャズクラブ)にライブを見に行ったら、たまたまトライオードの山﨑社長がいらっしゃって、「前園さん、ケーブルやりませんか?」とお声がけいただいたみたいなんですよ。で、「それもいいね。山﨑さんが協力してくださるんだったら、ケーブルやりますか。」って。それでZonotoneを立ち上げることになったと聞きました。でも、父はその時点でもZonotoneは1年で辞めるつもりだったみたいですけどね。
佐竹:やることをやって1年で辞められるつもりだったということは、お父様には何か、ミッションと言うか、やりたいことがあったんですか?
前園:そうみたいです。前職を退職した時、父の本心としてはまだまだケーブルの開発を続けたかったみたいなんですよ。で、お声がけいただいたので、「じゃあ、最後にケーブルを作ろう」とZonotoneを立ち上げたんです。それで最初に作ったのがGrandio 10というスピーカーケーブルです。
塚原:お父様は端的に言うと、どういう方だったんですか?
前園:そうですねぇ…いかにエンドユーザーさんやイベントに来てくださるお客さんに楽しんでもらうか、そこを重点的に考えて奉仕をする人だったと思うんです。山水時代の話もそうで、さっきのボリュームをどんどん上げてスピーカーを壊しちゃうっていう話も、お客様に楽しんでもらいたかったからだ思うんですよね……
佐竹:カレーを作るきっかけになったのも山水時代ですよね?
前園:そうなんですよ。
佐竹:Webサイトで拝見しましたけど、試聴イベントをしていると盛り上がって何時間も経過しちゃって、終わった時にはお客さんがお腹が空かせている。でも近隣には飲食店が無い。そこで、「どうしようか?じゃあ、カレー作るか?」ってことでポケットマネーで作り始めたのが最初だったと。
【→前園俊彦物語 最終章「仕事は遊び心で 趣味は命がけで」 | Zonotone】
さらにそのカレーを今、商品化しようとしているっていう話もすごいですよね。
前園:そうそう、レトルトカレーを開発中です。
父の話ついでに言うと、前職の近所の会社の社長さんと仲良くなって、その会社のホールをお借りしてレコード鑑賞会を月1でやってたんですよね。それもチャリティーとして何年もやってたんですよ。結構豪華なゲストがいっぱい来てたみたいですよ。
佐竹:お父様の交遊録もすごいですよね。これもWebサイトに書かれてましたが、読んでて止まらなかったです。
【→前園俊彦物語 第三章「山水電気入社 広告制作」 | Zonotone】
前園:王さんは父の葬儀にもいらしてくださったんで、びっくりしましたよ。父は山水時代から王さんに良くしていただいていたこともあって、Zonotone設立後に音元出版さんからインタビュー企画のお話をいただいた時に「王さんを呼んでみよう」という話が出たんですね。それで、王さんに来ていただいたことがあったんです。
塚原:現役の時じゃないですよね?
前園:ソフトバンクの監督をされていた頃です。元々、父は山水時代に広告宣伝の仕事をして、色々な俳優さんやタレントさんに広告に出て頂いてたんです。最初に三橋達也さんに出ていただいたのをきっかけに、友達の輪みたいにどんどんと伝手を辿って出ていただいて。その中の1人が王さんだったということですね。その頃から父は王さんにすごく良くしてもらっていたので、Zonotoneでもインタビューをお願いしてみたんです。でも、まさか本当に来ていただけるとは思えなくて、しかも王さんがいらっしゃる予定日が4月1日だったんで「エイプリルフールだよね?本当に来るの?」って。(笑)そしたら本当に来ていただけたんです。びっくりしましたね。
その時に秘書の方と名刺交換をさせていただいてたので、2019年に父が亡くなった時にソフトバンクの事務所にも訃報を送ったんです。あくまでもお知らせのつもりだったんですけど、葬儀にいらしてくださったんです。葬儀は麻布のお寺で執り行ったんですが、ちょうどソフトバンクの日本シリーズの時期で東京にいらしたんですよ。
佐竹:対巨人戦だから東京ドームで試合があったわけですね。
塚原:ものすごく大事な時期じゃないですか。
前園:そう。それにも関わらずいらしていただけました。参列されていた方の中にはオーディオ業界の方も大勢いらっしゃったんですけど、みんなびっくりしてました。(笑)
佐竹:それは驚きますよ!ところで、ここまでで既に1時間が経過してまして。(笑)そろそろ2つ目の質問に入りたいんですけど…
前園:やっと2つ目(笑)
後編では、「音へのこだわり」や「各社への印象」について語っています。
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