【OTOTEN2026 共同出展 対談企画】Vol.01 北澤慶太様 (サエクコマース株式会社) 前編 公開 OTOTENを6月に控え、今年もサエクコマース・光城精工・前園サウンドラボ・由紀精密の4社合同で出展をします。この4社合同という形式も今年で4年目。4社が仲良しなことも段々とお馴染みになってきているようです。そこで、そんな4社の輪郭がこれまでより少しはっきりと見えてくるような読み物をお届けします。OTOTENや試聴会ではあまり語られることのなかったパーソナルな部分や4社が集まった経緯、関係性、それぞれの設計思想。OTOTENの前に読むと、当日の景色がこれまでとは少し違って見え、OTOTENの後に読むと、「なるほど、こんな背景があったのか」と答え合せができるかもしれません。第一回目はサエクコマースの北澤社長と由紀精密の永松の対談です。前後編で語ります。【OTOTEN2026 共同出展 対談企画】Vol.01 北澤慶太様 (サエクコマース株式会社) 前編 【OTOTEN2026 共同出展 対談企画】Vol.01 北澤慶太様 (サエクコマース株式会社) 前編 公開 続きを読む »
【OTOTEN2026 共同出展 対談企画】Vol.01 北澤慶太様 (サエクコマース株式会社) 前編 OTOTENを6月に控え、今年もサエクコマース・光城精工・前園サウンドラボ・由紀精密の4社合同で出展をします。この4社合同という形式も今年で4年目。4社が仲良しなことも段々とお馴染みになってきているようです。そこで、そんな4社の輪郭がこれまでより少しはっきりと見えてくるような読み物をお届けします。OTOTENや試聴会ではあまり語られることのなかったパーソナルな部分や4社が集まった経緯、関係性、それぞれの設計思想。OTOTENの前に読むと、当日の景色がこれまでとは少し違って見え、OTOTENの後に読むと、「なるほど、こんな背景があったのか」と答え合せができるかもしれません。第一回目はサエクコマースの北澤社長と由紀精密の永松の対談です。前後編で語ります。 前編 トークテーマ 【何故オーディオを好きになったのか? - SAEC 北澤社長の場合】 ・生まれた時からオーディオに囲まれていた ・建築設計の世界から見た父の仕事 ・ブランドの継承と継続 【何故オーディオを好きになったのか? - 由紀精密 永松の場合】 ・遊び道具としてのオーディオ、クラシックへの傾倒 ・古美術、天文、オーディオ ・二つの変わった出会いから再びアナログへ サエクコマース株式会社 代表取締役社長 北澤慶太 (WEB)株式会社由紀精密 取締役社長 永松純インタビュアー:株式会社由紀精密 佐竹大祐 何故オーディオを好きになったのか? - SAEC 北澤社長の場合 生まれた時からオーディオに囲まれていた 佐竹:では、最初のテーマです。お二人はそれぞれ何故オーディオを好きになり、どういった経緯で現在の仕事に至ったか、お聞かせください。北澤:知っている方もいらっしゃると思いますけど、私は2代目なので。生まれた時からオーディオが家にあるのが当たり前でした。そういう意味では恵まれた環境で育ったのかな。佐竹:お父様のお仕事柄、ご自宅の機材はよく入れ替わっていたんですか?北澤:割と長く使ってました。1つの機械で10年ぐらい使ってるイメージですね。永松:今のALTECはお父様の時代からですか?北澤:そうですね。父は最後にJBLのHartsfieldを使ってたんですけど、それを買う時にALTECを譲り受けました。音が気に入っているので今もまだHARBETHと入れ替えながら使ってます。佐竹:ご自身で意識的、自発的にオーディオを触り始めたのは何歳くらいですか?北澤:小さい頃からテープレコーダーにラジオを録音したりマイクで喋ったり、遊び道具としては触ってましたね。ちゃんとオーディオに触れ始めたのは中学時代かな。当時はオーディオが流行っていて自作に関する本も多かったので、バックロードホーンのスピーカーに憧れて作ったりもしました。永松:まさに長岡鉄男先生の…北澤:そうです。長岡先生の本などで「バックロードホーンって面白いな」って思って作ったんですけど、イマイチの出来で。(笑)自分の好きな音みたいなものが芽生えてきたのはその頃なのかな。今思い出したんですけど、小学生の頃に父親から「どっちの音がいいと思う?」ってオーディオの比較をやらされたことは苦痛でしたね。永松:私もうちの息子にやっちゃってます。(笑)北澤:当時の自分にとって好みの曲じゃなかったから苦痛だったんでしょうね。父が比較で聴いていたのは八代亜紀とか島倉千代子、演歌が多かったので。八代亜紀を何度も聴かされて、「うーん、どっちがいいと言われても…」と。だから、永松さんも息子さんの好みの曲で聴かせてあげてください。(笑)永松:間違ってもブルックナーとか、自分の趣味でやっちゃダメですね。(笑)佐竹:当時、ご自身ではどんな音楽を聴いていたんですか?北澤:ポップスとかフュージョンが多かったかな。あと、ニューミュージックの始まりの時期で、最初に買ったレコードは荒井由実の「ひこうき雲」だったと思います。 佐竹:ご自身で楽器を演奏したりはしなかったんですか?北澤:ピアノを習ってたんですけど、完全に挫折しました。中学の頃もギターやベースをやってましたけど上手くならなくて。イメージが先行しちゃう。「ギター持てば弾けるんでしょ?」みたいな。だからイメージと手のギャップがあって、毎回「ダメだダメだ!」ってだんだんと…永松:うちの息子がギターをやってるんですけど、ギターには3回の挫折があるらしいです。今おっしゃってたことは、そのうちの「3回目の挫折」かもしれませんよ。1回目の挫折はFが弾けない。2回目の挫折はどんなに練習しても上達した気がしない。3回目はだいぶ弾けるようになったと思ったのにイメージと実力の乖離に気づく、というものらしくて、「それを乗り越えたらあとは楽しくなるだけ」って言ってました。北澤:僕はそれだと1.5。(笑)Fは覚えられた! 佐竹:ご自身で楽器を演奏したりはしなかったんですか?北澤:ピアノを習ってたんですけど、完全に挫折しました。中学の頃もギターやベースをやってましたけど上手くならなくて。イメージが先行しちゃう。「ギター持てば弾けるんでしょ?」みたいな。だからイメージと手のギャップがあって、毎回「ダメだダメだ!」ってだんだんと…永松:うちの息子がギターをやってるんですけど、ギターには3回の挫折があるらしいです。今おっしゃってたことは、そのうちの「3回目の挫折」かもしれませんよ。1回目の挫折はFが弾けない。2回目の挫折はどんなに練習しても上達した気がしない。3回目はだいぶ弾けるようになったと思ったのにイメージと実力の乖離に気づく、というものらしくて、「それを乗り越えたらあとは楽しくなるだけ」って言ってました。北澤:僕はそれだと1.5。(笑)Fは覚えられた! 佐竹:当時すでにお父様のお仕事を継ぐことは考えていたんですか?北澤:いやいや、全く。父は「継いで欲しい」とか一切言わない人だったんです。自分にも反発心みたいなものがあって、自分の道は自分で作ろうって考えてました。佐竹:建築の道に進まれましたよね?北澤:そうです。デザインするのが好きだったので高校の頃には建築の道を考えてました。単純なんですけど、ある映画に刺激を受けまして。「タワーリングインフェルノ」。(笑)あれで超高層ビルをデザインする仕事があるって知って、憧れましたね。 ↑ 建築設計の世界から見た父の仕事 佐竹:その後、設計事務所を開かれましたが、今のお仕事を継ぐことになったきっかけは?北澤:ずっと自宅で設計の仕事をしてたんですけど、父から「事務所の一角が空いたから来いよ」って誘われたのがきっかけですね。それは父の戦略で。(笑)で、今の事務所に移ってきたんですけど、そうするとやっぱり仕事を手伝わされるようになっちゃって。あくまでも手伝い程度だったんですが、その後に父が入院して、週に2、3日は見舞いに行って色々と話していくうちに、最後には父から「継いでくれ」と意思表示があったので、「わかった、やってみるわ」と。20年ぐらい前ですかね。それまでも父の仕事を見ていて「いいな」って思うこともあって。というのは、私がやっていた建築設計は1人の施主さんに対してご自宅を設計することが多かったんですね。建築は特定の方向けのデザインであるのに対して、工業製品は不特定多数の方に使っていただく物ですよね。それで「工業デザインも面白いだろうな」って興味はありましたね。それも継ぐことを決めた1つの要因かと思います。 ↑ ブランドの継承と継続 永松:ちょっと深いところを聞きたいんですけど…北澤:なんでしょう。こわいな。(笑)永松:2つ聞きたいことがあって。1つはSAECブランドはお父様の時代からあって、既に名機と言われるアームを世の中に出していましたよね。それを継ぐということで、過去のSAECの名機との戦いみたいな感覚ってあったんですか?北澤:そうですね。そこはすごく難しかったですね。超えなきゃいけないものが多い。その話は長くなるなー。もうちょっと後にしましょう。整理しときます。永松:わかりました。もう1つお聞きしたいのは、お父様は会社を立ち上げる際にどういう経緯でアームやオーディオアクセサリーの業界に入っていかれたんですか?北澤:父から直接聞けたわけでは無いので伝聞になるんですが、当時、アームを設計してた方は別にいらしたんですね。ただ、なかなか販売が難しい状況だったようです。その方と出会った時に父は既に他のメーカーでオーディオを扱っていたので「一緒にやりませんか」とお声がけいただいて。ちょうど父も仕事を変えようと思っていたようなので、タイミングが合致したということでしょうね。アームを作っていたのはオーディオ エンジニアリングさんっていう会社で、それを売るための会社っていうことで「Sound of Audio Engineering Company」でSAEC、「オーディオ エンジニアリングの音」っていう意味なんですね。だからSAECは元々は販売会社としてスタートして、ちょっとずつ形を変えながら現在に至ったということです。さっきの永松さんの1つ目の質問の答えからは外れちゃうかもしれないですけど、創立30年ぐらい、ちょうど私がこの会社に同居を始めた頃、父が「同じブランドがずっと続くには限界がある」というような話をしていたんですよ。「だから難しいぞ」って。その記憶があったのでそっちの方が心配でしたね。「ブランドが長続きするにはどうすればいいんだろう?」って。永松:会社にも人と同じで寿命があるって言いますよね。会社にも必ず立ち上がりがあって、幼少期から青年になって、成熟して、最後は消えて…。何百年と続く会社はもちろんありますが。北澤:そういう意味では、私が継いでからのSAECを見ても、この20年で取扱商品は随分変えていってるんです。そうやって少しずつ変化を持たせていますね。 ↑ 何故オーディオを好きになったのか? - 由紀精密 永松の場合 遊び道具としてのオーディオ、クラシックへの傾倒 佐竹:永松さんはどういうきっかけでオーディオ好きになったんですか?永松:さっき北澤さんが「遊び道具だった。」とおっしゃってましたけど、私も全く同じでした。私の母がまだ父と結婚する前、友人から聴かされたレコードの音に感動したらしいんです。そこで聴いたのはヴィヴァルディの「四季」かチャイコフスキーだったと思うんですけど、まだオーディオセットも持ってないのにそのレコード1枚だけ買ったらしいんです。その後、祖父にオーディオを買ってもらったんですが、昔よくあったタンスみたいに大きくてラジオとレコードプレーヤーとスピーカーが内蔵された物でした。それで、小学校4、5年生くらいの頃はそれを聴いて遊んでたんです。仕組みはわからないけど、針先から音が出ることが不思議でしょうがなくって。昔の針は丈夫だったので、針先にセロテープを貼り付けて更に尖らせて「どんな音が出るのかな?」とかやってました。(笑)そう考えるとやっぱりハードウェア、物理的なところに興味があったんでしょうね。ただ、当時は音楽に対する興味はまだそれほどでもなくて、本当に遊び道具でした。それからCDの時代になって、あまりレコードは触らなくなりました。佐竹:ご実家のレコードはやはりクラシックが多かった?永松:そうです。ちなみに、母が初めて買ったそのレコードはOTOTENで一度かけたことがあるんですよ。北澤:一方で私は八代亜紀…永松さんとは随分と子供の頃に聴いてた音楽に違いが。(笑)その後、永松さんはどんどんクラシックを聴いていったんですよね?永松:のめり込んでいきましたね。中学生の時に没後200年のモーツァルト・イヤーがあって、授業でモーツァルトを散々聴いて「すごい!」と。それでクラシック好きに火がつき、そこからはあらゆる作曲家のあらゆる曲を中学、高校と聴きまくって。その後、大学で上京してから東京オペラシティコンサートホールのレセプショニストの募集を見つけて、結局4年半やってました。北澤:それはいい経験ですね。永松:たくさんの素晴らしい演奏をお金もらいながら聴けました。(笑) ↑ 古美術、天文、オーディオ 佐竹:北澤さんのようにオーディオ機器を作ったりはしなかったんですか?永松:しなかったですねえ…とにかく聴く側。ただ、オーディオにはまったのも大学時代なんですよ。自分が入ったサークルにものすごいオーディオ好きの先輩がいて、自宅に遊びに行ったらAccuphaseのアンプがドドドっと棚に入っていて、B&Wのスピーカーがあって。佐竹:すごいですね。何のサークルだったんですか?永松:古美術研究会北澤:そっちの造詣も深いのか。(笑)すごいな。永松:今、うちにLUXMANのD-500X’sっていうCDプレーヤーがあるんですが、それはその方が安く譲ってくれたんです。今でも動いてます。佐竹:その先輩との出会いをきっかけにご自身でもオーディオを買い始めたと。永松:そうですね。あと、自分は青山学院大学の出身なんですけど、早稲田大学の天文同好会にも入ってたんです。佐竹:今度は天文なんですね。永松:この天文同好会にもオーディオ好きがいて、彼はオーディオ研究会にも所属してたんです。早稲田のオーディオ研究会は結構有名なサークルで、自作のアンプとかスピーカーを聴かせてもらって…その時もバックロードホーンのスピーカーを作ってましたけど、やっぱり、いい音というか個性的な音でした。北澤:やっぱりあれは難しいんだよ。(笑)でも、バックロードホーンの自作って夢があるじゃないですか。自分で音道を作っていくっていう夢がある。佐竹:レセプショニストのバイトでも自宅でもクラシック漬けの日々ですね。永松:もう本当に聴くことばっかり。毎週のようにCDを買ってましたし。ただ、レコードは聴こうにも実家にあった母のプレーヤーは大きすぎて持ち出せなかったです。あの大きなシステム、なんて呼んでたんですかね?北澤:うーん、なんて呼んでたのかな?本当に家具みたいでしたよね。FMもターンテーブルも付いてた?永松:はい、付いてました。それでやっぱりターンテーブルはグラグラのダンパーの上に載ってたんですよね。そういう構造は記憶にあって、AP-0の開発の時にも「やっぱりグラグラにしなきゃいけないのかな」とか色々思い出しながらやりましたね。 ↑ 二つの変わった出会いから再びアナログへ 佐竹:ということは、東京に来てからはレコードは聴いてなかったということですよね。どういったタイミングでまた聴き始めたんですか?永松:妙な出会いがあったんです。特に私はロシアのオーケストラが大好きなんですが、フェドセーエフという指揮者がモスクワ放送交響楽団と来日した時に聴きに行って、CDにサインをもらおうと楽屋口に並んでたんです。そしたら、前に並んでた方が突然振り返って「すみません、私これから用事があるんで、指揮者が出てきたらこのCDにサインをもらっといてくれませんか?」って言って去って行ったんですよ。結局、指揮者は他の出口から出ちゃったのか、サインはもらえなくて、その人に連絡をしたら「よかったら1度うちに遊びに来ませんか?」ということになり。それでご自宅に伺ったら、とてつもないオーディオルームだったんです。自分の背丈くらいのMcIntoshのスピーカーがあって。で、その人から「ターンテーブルが1個余ってるんだけど、いらない?」って。佐竹:確認ですけど、一度楽屋口で会っただけなんですよね?永松:うん、それが初対面。(笑)佐竹:それで東京でもレコードを聴く環境が整ったと。永松:そうです。MICROのターンテーブルで、今でも自宅で使ってます。北澤:3000とかですか?永松:いや、それがちょっと変わってまして、ゴムベルトで、Sound Houseのロゴが入ってるんです。ちゃんとMICROのロゴも入ってて、多分コラボ商品じゃないかと思うんですけど良いターンテーブルですよ。北澤:当時、時代的にはCDに変わってましたよね。すると、レコードを探すにしても新譜というよりは中古だった?永松:中古ばかりでしたね。でも、やっぱりCDの方に馴染みがあったので、レコードはあまり買わなかったです。私もまだレコードの音に対して感度が高くなってなくて、よくわかっていなかったです。カートリッジもその方がくれた物をそのまま使ってました。佐竹:と言うことは、永松さんが再度レコードを聴き始めたのは、AP-0を作ろうと思い始めてからですか?永松:その前にもう一段階あるんです。これも不思議なご縁で、妻の友人からCBS/Sonyでクラシック関連を全て担当されていた方を、偶然紹介してもらったんです。そこからずっと仲良くしてもらってたんですけど、ある時にお亡くなりになってしまって、奥様から「レコードを引き取ってくれませんか?」と。だから、うちにあるクラシックのレコード、何百枚かはその方のコレクションなんですよ。それで改めてレコードを聴くようになった。2012年くらいの話です。佐竹:AP-0開発開始の数年前ですね。その後の開発秘話はメディアや視聴会、OTOTENでお話されていると思うので、皆様にはそちらにお越し頂くとしましょう。【→イベント情報はこちら】お二方ともありがとうございました。今やっと1つ目の質問が終わりました。ここまで40分。(笑)永松:一つの記事に収まらないでしょ。(笑)佐竹:前後編になりそうです。(笑) ↑ 後編では、「OTOTEN2026の出品内容」や「オーディオ論、設計思想」について語っています。【後編はこちら】 buck number 【OTOTEN2026 共同出展 対談企画】Vol.03 土岐泰義様 (株式会社 光城精工) 後編【OTOTEN2026 共同出展 対談企画】Vol.03 土岐泰義様 (株式会社 光城精工) 前編【OTOTEN2026 共同出展 対談企画】Vol.02 前園力様 (株式会社 前園サウンドラボ) 後編【OTOTEN2026 共同出展 対談企画】Vol.02 前園力様 (株式会社 前園サウンドラボ) 前編【OTOTEN2026 共同出展 対談企画】Vol.01 北澤慶太様 (サエクコマース株式会社) 後編【OTOTEN2026 共同出展 対談企画】Vol.01 北澤慶太様 (サエクコマース株式会社) 前編Vol.01 濱田政孝様 (株式会社GLANZLAB) 【OTOTEN2026 共同出展 対談企画】Vol.01 北澤慶太様 (サエクコマース株式会社) 前編 続きを読む »
4/3刊行 analog Vol.91 特集「厳選! 至福の銘品 音の五つ星物語」にて、GLANZLABトーンアーム「MH-10SUSⅡ/MH-12SUSⅡ」と共に「AP-01EM」が掲載 4/3刊行 analog Vol.91 特集「厳選! 至福の銘品 音の五つ星物語」にて、GLANZLABトーンアーム「MH-10SUSⅡ/MH-12SUSⅡ」と共に「AP-01EM」が掲載されます。【analog Vol.91 (発売日2026年04月03日)】| FujisanGLANZLAB | トーンアーム 4/3刊行 analog Vol.91 特集「厳選! 至福の銘品 音の五つ星物語」にて、GLANZLABトーンアーム「MH-10SUSⅡ/MH-12SUSⅡ」と共に「AP-01EM」が掲載 続きを読む »
The April 3 issue of *analog* Vol. 91 features a special section titled “Carefully Selected! The Five-Star Story of Musical Masterpieces,” in which the “AP-01EM” will be featured alongside the GLANZLAB tonearms “MH-10SUSⅡ” and “MH-12SUSⅡ.” The April 3 issue of *analog* Vol. 91 features a special section titled “Carefully Selected! The Five-Star Story of Musical Masterpieces,” in which the “AP-01EM” will be featured alongside the GLANZLAB tonearms “MH-10SUSⅡ” and “MH-12SUSⅡ.”【analog Vol.91】| FujisanGLANZLAB The April 3 issue of *analog* Vol. 91 features a special section titled “Carefully Selected! The Five-Star Story of Musical Masterpieces,” in which the “AP-01EM” will be featured alongside the GLANZLAB tonearms “MH-10SUSⅡ” and “MH-12SUSⅡ.” 続きを読む »